【Report】「そして なるほど ここにいる」Vol.2

さて、それではいよいよ中身について語っていきたいと思います。

ネタバレというほどのものでもないので、作品内容についても多少は書いていきます。

大した文章でもないので肩の力を抜いて、流し読みくらいの感じで読んでいただければ幸いです。

 

 

冒頭はそれぞれの顔が見えないので、否が応でも各自の身体が浮き上がってきます。

コロナだったり、コミュニケーション不足だったりを勝手にイメージしてしまう画でしたが、山田せつ子さんの素顔が見えた時、表情が持つ強さといったら・・・

「あぁ、久しぶりにダンス公演に来たんだな」と感じた一瞬でした。

 

 

各自のソロパートに櫻井ヒロさんがナビゲーターのように絡んでいく構成でしたので、それぞれの身体が、そして人間が浮き彫りになります。

踊りって面白いもので、その人自身(メンタルも、身体も、ライフスタイルも)を身体が語りますよね。

油断すると素っ裸になってしまうというか、もちろん鎧で武装することも可能なんですが。

 

 

堀内まゆみさんは動きも言葉のトーンも淡々とペースを変えずに、しかしその中でも少しずつ静かに熱を帯びていきます。

淡々と続くものだから、櫻井ヒロさんが途中で舞台に入ってきて、関係性が生まれた瞬間に空気が一気に変わって。

言葉と身体の関係性を意識させられる踊りを、じっくり淡々と、かつ静かに熱く続けた後だけに生まれる空気だったのではないかと思いました。

 

 

大森弥子さんのパートは内と外でした。

ダンスでいえば外とは動き、躍動、身体の外の空間。

一方で内ってのはオーラや情感、はたまた体内という内側の宇宙への意識。

躍動力の高さで得られる感動もあるのだけど、どんなに躍動していても身体の内側を感じられないと得られない感動もあると思うのです。

人はあり得ない動きや態勢に凄いと思うのか、その態勢の時に震える筋肉に胸が打たれるのか、どちらもあるはずです。

 

 

河野千晶さんは衣裳や靴下の話だったり、髪型の話だったりが印象的ですよね。

河野さんの舞台上で見せる笑顔はどこかぎこちなく感じて、それこそが素なのかなと思ったり。

なんだか上手くいえないのですが、周りが見ている河野さん、本人が見ている自分自身、そこではないところを見ている櫻井ヒロさんというか。

そこは面白いですよね。

 

 

櫻井ヒロさんは何ていうか、充実期に突入したのかなぁと思ったり。

ダンスとか舞踏とかコンタクトとか演劇とか、はたまた子育てから仕事から農業など、全てが自分の身体と踊りに消化され、ナチュラルになったのではないかなと。

踊る身体が、動きが自分に馴染んでいますよね。

ダンスって演じるものでもあると思うのですが、それはキャラを演じることもあれば、技術で演じることもある訳で。

別の言い方だと「かっこつける」「背伸びをする」という言い方をしても良いと思います。

それが充実期に入ると、もう演じる必要がなくなって、そのうえで改めて自分を演じられるようになるんじゃないかな、と。

 

 

こういうのって踊り方だけじゃなくて、人としての在り方でも同じですよね。

自分が評価を気にするステージでは周りを意識しすぎる、ステータスを意識しすぎる、誰かのように扱われようとする。

ところが、自分自身が充実して満たされると、道がどんどん開けていくというか。

そして、その後は終焉期に繋がっていくんですかね。

 

 

何だか変な方向に話が進みましたね。

最後に感想、面白かったです。

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